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よしもとばなな

2010/01/16
最近、自分のことばかり書いてますが、今日も書きます。ごめんなさいね。
特に病んでるというわけではないです。考えることが好きなんです。

これは、よしもとばなな さんのお話。

自分が清らかだったという自慢話では決してなく、
私は小さい頃、ほんとうに物や植物とお話ししていた。

いらいらした人がいる部屋に入ると頭痛がしたし、
病院に行くといろいろ感じてしまいそれだけで一日寝込んだ。
悪意にも敏感でびくびくしていたし、
旅行に行ったら帰るときには「ありがとう、お部屋よ」と言って出た。
自分の中に小さな友達がいて、
その友達が喜ぶものを集めて袋に入れ、いつでも持って歩いていた。

そんな私がどんな目にあって生き抜いてきたか、想像がつくであろう。

人々はみな私を狂っているとか神経質だとか、
もう少ししっかりしなさいだとか丈夫になりなさいだとか、
うっとうしいだとか、面倒くさいだとか、繊細すぎると言った。

私は一旦それを本気で真に受けてみた。
現実社会の一員として、ものすごく現実的になってみたのだ。
そうしたら、いいこともたくさんあった。

色々な人に会ったり、色々なところに行ったりするのが怖くなくなった。
あらゆる人の意見を理解し、合わせることもできるようになった。
図太い方が生きやすい、どんどん奥に押し込めておこう、
自分の中にその人がいることを知っているんだから、大丈夫だとタカを括った。

人間を怖がってたらきりがないよ、
もういいよ、人のことなんてどうでも、そういう風に私は切り捨てようとした。
でも、小さな人はうなずかなかった。
苦しむことも、とことんやったほうがいいと言うのだった。

そしてあるときその人は突然、美しい反逆を始めたのだった。

私がごまかしたり楽になろうとしたり人に好かれようとしてついていた小さな嘘は
みんな明るみに出て、怖ろしい勢いで浄化が始まった。
後は小さい人の声と共に生きるしかない、でも私にはまだ自信がなかった。

あるところから、私は人に合わせることがどうしてもできなくなった。
これまでは「分かる分かる、その考え方分かるところがある」と言えていたのに
「私は貴方がとても好き、でもここは違う。私はこう感じる」としか言えなくなった。
そうしたら、驚くほどたくさんの人が離れていって、お互いが傷ついた。
そんなでは意味がないではないかとさえ思った。
それでも私は、小さな人の声を消せなかった。

そして次に起きたことは、ほんとうに分かってくれる人が、
ひとりまたひとりとおずおず近づいてきてくれたのだった。

それでも怖ろしい痛みをむき出しのままくぐって、私は弱っていた。
その過程で投げつけられた様々なののしりで、体が痛いほどだった。
そして少し自信を失っていた。分かってはいるけれど、失ってしまったのだ。

そのリハビリの過程で、私は同じ思想に出会った。
私が恥ずかしく思っていたこと、生きていくのに弱すぎると思っていた全てのこと、
小さい人を大事にすること、その全てがそこでは光に包まれていた。

私が小説を書く上で、本をつくる上でしようとしていたことは、全て正しかったのだ。

それで私は猛然と変わりはじめた。
変わりはじめたら、これまで出会った数少ない理解者たちがどんなに私を思って、
ほんとうの私に戻るためにどんなに励ましてくれていたか、初めて分かった。

自信が戻ってきた。
自信と共に、私にはもう地に足のついた苦しい時期に学んだあらゆる経験も備わっていた。
そして私から自信を奪ったのは他人ではなく自分である、
という責任の重さをほんとうの意味で理解した。
怖ろしい他人を想定して自分を正当化するのをきっぱりとやめた。
今日も明日も、たぶん私は静かに浄化を続けている。

そして、私は気づきはじめている。
これはとても大変なことだが、実は私はずっとひとりぼっちでこれをやってきたのだ。
逃げるよりも、育てることのほうがほんとうのほんとうは簡単なのだ。
今、それに気づこう。


長いけど、せっせと入力した。
削ろうと思ったのに、どの言葉も大切で、ほとんど削ることができなかった。

好奇心のままに信じるままに個性を出した時、
愛想笑いをしたり相槌を打ったりすることを止めた時、
例えたくさんの人が離れていったとしても、
ひとりでも友達でいてくれる人が残ってくれるなら、私はほんとうに幸せ。

私にはまだ自信がない。
文章に表れる自分の内面と、他人の目から見た自分との間に、大きなギャップを感じる。
でも、遥か遠くだと諦めていたのに、今はそこへ辿り着くための道を探している。
もうすぐなのかも知れない。
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00:39 thinking | コメント(4) | トラックバック(0)
コメント
すごく考えさせられました。
私もちょっと似たところがあります。
「小さな自分」と自分の葛藤、折り合いをつけるのって難しいですねー。
本当の自分を知っているのって自分だけだと思います。
それを受け止めてくれる人がいてくれるのが理想なんだけど・・・
読んで頂き、ありがとうございます☆
特に男性より女性の方が、他人の痛みを感じやすいようですね。
うちの場合、私よりも私の母の方に顕著に現れています。
母になるために大事な心なのかな、と思います。

> 本当の自分を知っているのって自分だけ
> それを受け止めてくれる人がいてくれるのが理想
同感です!!
でもKeiko.さんには良き理解者がいらっしゃるような気がします (^^)
ticaちゃんがセレクトするものは、いつも胸にズンと来て感心しています^^
いま読書する時間があまりないので、ticaちゃんのブログはその代わりに心の栄養になってるよ~。
きゃー e-349
一番うれしい言葉です e-266

ブログ書くのに時間使い過ぎてる中毒ですけど、
無駄じゃないんだと思えると、
ますます書いてしまいそうです。笑

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