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MJを研究し続けたい理由 【1.自己の発見】

2010/01/23
MJについては、色んな人が色んな所で色んな事を言っている。
本当と嘘が混沌とし、推理なのか妄想なのか判別不可能になっている。
物事は、誰か一人のフィルターを通すと主観が入ってしまい、
真実から剥離していく。例え、その人にそのつもりはなくても。

私は何か書きたい。私に何が書ける?
そして、気付きました。
私が知っているものの中で、最も確かなものは「私自身の変化」だと。
これなら私にしか分からない。私にしか書けない。
私に起きた真実は、誰のフィルターも通していない。

ということで、3部作でお送りします。
まずは一番大切なことから。

* * * * * * * * * * * * * * *

私が哲学の迷路に足を踏み入れてしまったのは、
哲学者マイケル・ジャクソンに出会ったから。

MJの訃報を知るその瞬間までは、この人のことは本当に全く知らなかった。
なのに初めから「私はこの人のメッセージを抽出しなければならない」と強く感じた。
もともと私は内向的な性格だけれど、ごく浅いところだけで彷徨っていた。
そこにMJの哲学がやってきて、より自分の心の奥へ奥へと落ちていくことになる。
何かを見つけるまで抜けられない、でも探してもなかなか見つからない、暗がりの日々。
そしてついに、忘れ去られていた「幼い私」を捕まえた。懐かしい記憶と共に。
今までも少しずつ近付いててニアミスはしてたけれど、お互い見ない振りして逃げてた。
その距離感を一気に飛び越え、初めて真正面からこんにちは、と言えた。
10年も20年も放ったらかしにしててごめんね、と謝った。その安心感に心が震えた。
だからMJの命日は、私が私と再会した日、精神的な誕生日でもあるのです。

驚きから問いと認識が生まれ、
認識されたものに対する疑いから批判的吟味と明晰な確実性が生まれ、
人間が受けた衝撃的な動揺(死との直面や苦悩など)と自己喪失の意識から
自己自身に対する問いが生まれる。

「哲学すること」の根源は驚異、懐疑、喪失の意識に属している。
あらゆる場合において、「哲学すること」は人間を襲う衝撃をもって始まる。
またそれは困惑の中からある目標を探り出そうとするものである。

source:ヤスパース「哲学入門」新潮文庫

まさにMJがもたらしたものは、
人間とはこれほどまでに理想を追いストイックになれるのかという驚き、
あまりの正論(それは「幼い私」と同じ思想)を語る姿に対する批判的吟味、
信じたい気持ちと客観的な疑いの繰り返しの果てに残った明晰な確実性、
同時に訪れた衝撃的な死という喪失感、そして自分の生き方に対する問い。
これらの過程を6ヵ月ほどかけて経験し、今の私に至ります。

MJを絶対的に肯定するのは間違いである。
それは思考の停止と自己の歪みに繋がる。
MJは「自ら考えること」を教えてくれた。
如何に自分が魅力的な人間になるかである。

will you be there

But I'm only human. 「でも僕はただの人間なんだ。」
(Will You Be There の歌詞より)

同じ人間だからこそ驚異なのですよ。
どうもありがとう。

そして「幼い私」を文章にする方法を教えて下さったよしもとばななさん、
本当にありがとうございます(ご本人には届きませんが)

更に、よしもとばななさんのこのエピソード本をプレゼントしてくれたお母さん、
ありがとう。私と出会ってくれてありがとう。次に会ったら伝えます。
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15:13 thinking | コメント(0) | トラックバック(0)
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