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千里の道

2010/05/08
道_edited-1

千里の道も、一歩から。
その先にゴールはない。
ただ光に向って進むだけ。

人は人と対面するとすぐ、自分より強いか弱いか、
優れているか劣っているか、美しいか醜いか、
いじめっ子かいじめられっ子かを判断して、
レッテルを貼ったり、囲い込んだり、格付けしたりする。

これは、思春期に形成される本能的なものだと感じる。
そしてそれは、とても動物的だと感じる。
動物は、生き残るために瞬時に相手の力量を見極めねばならない。
でも私たち人間は、それらのせいで不幸になることが多い。
そこで人間には、知恵がある。
自分の心の仕組みを意識的に見つめ、コントロールすることができる。

人のレベルというものは、確かにあると感じる。
先天的な才能(つまり個性)のことではなくて、心の段階のことである。
それを本能的に 「上下」 で表わすべきではない。
意識的に 「前後」 で感じられるよう、努めるべきである。
つまり、マラソンや登山と同じと捉える。
タイムはそれぞれ違えど、必ずゴールに辿り着くことができる。

先に進んでいる人は、後ろにいる人の気持ちがわかる。
通ってきた景色を覚えているから。
そして一歩でも進めるよう、手を尽くすことができる。
一緒に素晴らしい景色を眺めたいから。
でも、後ろの人は前方の景色を説明されても理解できない。
自分の目で見て、初めて感じることができるから。
そう思うと、前にいる人に対して嫉妬心を抱くことはない。
敬意を抱き、相手を観察しようとするから。

悟るとは、そういうことだと思う。
上も下もない、みんな平等に同じ一本の道のりを行く。

ある人のブログに、こんな言葉があった。
「先生とは、先に生まれた人ではなく、先に生きる人である。」
年上ということではない。自分の前を歩く人である。
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00:43 thinking | コメント(0) | トラックバック(0)
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