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私の信じる価値観

2010/06/14
細部をいくら寄せ集めても、学びには至らない
前田英樹・立教大学教授

以下、抜粋して要約。

わが身ひとつで生きていく技の巧みさに達することは、
情報を取り込んだからといって得られるものではない。

たとえば紙幣は記号であり、電子化・情報化されている。
記号の流通の中で、物質的な豊かさが成り立っているということは、
私たちの暮らしは、極度に抽象的になっているということ。

人々は、時代の一時的な価値でしかない欲望を絶対視しすぎではないか。
一時的ではない本当の価値あるものは、私はあると思う。
学者とは、そういうものを明らかにする人を指すのではないか。

そもそも人の知恵とは、全体をいっぺんに見通せるような感覚になること。
それは、ある種の感動をともなってしかわからないこと。
その経験がやがて、その人自身の中で熟していくようなもの。

情報や統計をもとにするのは、もっとも人間らしくない生き方をすること。
確認できないことが不安でたまらないのは、身と技を離れ、
記号や情報の操作に自分を委ねているから。

耐えるのではなく、ただおもしろいようにやればいいのだと思う。
工夫してもおもしろくないなら、本質的につまらないのだから辞めればいい。

学ぶことが、喜びとなり、生きる意味を内側から明かすことにもなり、
問題と出会うことを可能にさせるのである。
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21:53 thinking | コメント(0) | トラックバック(0)
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