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引き続き、愛ちゃんへ

2008/12/25
愛ちゃんのことが一日中ずっと頭から離れないので、
何か一つでもいいから「生きてた証」を探してしまいます。

芸能界を引退した時点で、何かを感じ取っていた視聴者・友人も多いようです。
私も当時、年を重ねた飯島愛を想像しようとしても、なぜかできなかった。

思うところ。

1.持って生まれた長さの「人生のロウソク」を往生したのか (霊的要因)
2.「死の予言」に囚われてしまい、暗示にかかった故の選択か (心理学的要因)
3.意思とは無関係な「突然死」だったのか (医学的要因)
4.甘えられる拠り所がなくて「寂しい」からか (生物学的要因?)

私は、思いついたこれら全部が原因であり、全てが揃ってしまったのだと思います。

特に4番。人間にとって「寂しい」のはダメです。
今の日本は、老若男女、一人暮らしの人が多過ぎます。
概して細胞は、一人きりだと死んでしまいます。
お隣の細胞から物をもらい、物を与え、コミュニケーションを取ってるから生きています。
「寂しい」とは「必要なものが足りなくて生きていけない」状態です。

とは言っても、人脈の広さはすさまじく、親身になってくれる人も多い。
だから、人数の問題ではなく、ただ一人の特別な存在が欲しかったんだろうな。

真面目で、物事の本質を見抜く力に長けていた。
今のままの経歴でも、十分に魅力的で唯一無二の存在だったと思う。
けど、もし死因が自殺だったのだとしたら、
周りにいる「博識な文化人」のようになりたかったのではないでしょうか。
更に、几帳面な完璧主義者だったのではないでしょうか。
だから中途半端にではなく、より「立派な人」になろうとしてたのではないでしょうか。
それには、今の人生ではダメだと絶望したのではないでしょうか。
新しく生まれ変わって、次の人生でやり直したかったのではないでしょうか。

また、一様に「本当の自分を隠している」と、近しい人のコメントが報道されていますが、
実際は全てを曝け出してしまってて、何も残っていない自分に愕然としたのでは?
新しく学び始めるには、歳を取り過ぎてしまっていた。
だから新しく生まれ変わって、次の人生でやり直したかったのではないでしょうか。

妄想すみません。
ご冥福をお祈りいたします。
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23:46 thinking | コメント(0) | トラックバック(0)
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