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やらない善より、やる偽善

2009/08/03
「善意者」と「偽善者」の境界はどこ?

他人の痛みが分かる人が善意者だとすると、
そういう人は、他人が喜ぶと自分も幸せになるので、
結局は自分のためだと考えたら、
全員が偽善者のように思えてくる。

それでは、以下のような定義はどう?

偽善者 = 利己主義的な偽善者
「自分を受け入れて欲しい」という願望が動機になっている人。
善意者 = 功利主義的な偽善者
「自分一人が不幸になっても、多くの人が救われるなら良い」と考える人。

生物は、自己の生き残りのために生きています。
偽善とは、人間に本能的に備わっている生きる術でしょうか。
それを超越できるものが、理性でしょうか。
本能に従うことが人間らしさなのか、理性に従うことが人間らしさなのか。

人間らしく生きるって、難しいですね。
まぁ、私は自分が大事ですけど。

こういうことは一人で考えてないで、先人の知恵を借りなければ。
本を読もう。
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11:40 thinking | コメント(0) | トラックバック(0)
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